2011. 06. 30  
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今日は、第10回ユニケミーオフサイトミーティング。

今年2月からスタートして約4ヶ月。
「10回」という初めての節目を迎えました。

オフサイトを立ち上げる時、ワクワク・ドキドキすると同時に
継続できるか、社員は集まってくれるのかという不安も。

参加して頂いた社員の皆さんに支えられて、ここまで継続できています。
全てのオフサイトに参加してくれた社員もいます。
本当に嬉しいですね。
社員の皆さん、ありがとうございます。
「継続は力なり」・・・もっともっと想いをキャッチボールして
事実と本質から「仲の良いケンカ」をしましょうね。

そしてもう一つ、この節目に嬉しいサプライズ。
H専務が出席してくれました。
私は、冷静に対応しつつ、心の中では「ワオッ」て思っていました。
H専務と本音で対話したいと願っているメンバーも多いので
今後の展開が楽しみです。
今回は、前回初参加だった技術部Hさんの自己紹介。

20代後半のHさんは、6歳まで名古屋千種区で暮らし、三重県四日市へ。
14歳で再び名古屋へ戻り、その時から北区の実家で暮らしています。

中学の時は、陸上部で長距離ランナーだったそうです。
中3で四日市から名古屋へ引越したのですが、
名古屋は四日市より勉強の進行が早いので、
転校して最初の社会のテストは、100点満点中2点。

さすがにショックを受けて、毎日勉強したそうです。
その結果、その後のテストでは、なんと98点!!

そして、当時の先生が絶対無理と言っていた地元の進学校に
見事合格したそうです。
努力が報われましたね。

しかし、高校はあまり楽しくなかったと語ります。
それは、自分のことなのに自分で決めた高校ではなかったから。
両親が「ここへ行け!」と言ったので、この高校に入学。

この後悔から、「自分のことは自分で決めよう」と考えているそうです。

化学が好きだったので、地元で応用化学科のある大学を選択。
大学時代は、TUTAYAで3年半アルバイトをしていたそうです。

コミュニケーションが得意ではない語るHさんですが、なぜ接客業を選択したの?
それは、「マニュアルがしっかりしてそうだったから」???

ではなぜ3年半も続いたの?
シフトに融通がきいて、働きやすかったからだそうです。
その他にも、働いていく中でいろいろな人と出会えたことや
店長との人間関係が良好で信頼されていたこと、教育係を任されたことなど。

働きやすい、自分を成長させてくれる、信頼される
・・・大切なことですよね。

さて、大学卒業後は自社に工場を持たないファブレス企業に入社。
技術者として、製品の評価や検査、不良品の原因調査に従事していたそうです。

とても優秀な方が多い会社だったそうですが、超個人商店的で
チームワークや人財育成というような観点は一切無かった。

個人プレーで成り立っていた会社なので、「あの人が抜けたらどーなるの?」
という疑問から会社の将来性が不安に。

部品製造業でありながら、卸業でもあったので
苦しい時は、魚を卸す営業が出てくる時も。

「苦しい時は何でもやれ」という言葉もありますが、
その一方では「私たちは何屋で、誰がお客様で、どんな価値を提供できるのか」
という部分が抜けていますよね。

将来が不安になる気持ちがよく分かります。

そんな中、仕事が忙しくなり毎日明け方に帰る生活へ。
仕事のプレッシャーもすごかったので、体が心配になったそうです。

そして転職を決意。

ユニケミーに入社した感想は・・・・
 社内の空気がやわらかい
 実労働時間が前職より短くなったので、体が休まる時間が長くなった
 (前の会社と比べて)将来性に不安がない
 収入アップ

前職ではスーパー残業していたので、
年収は下がってしまったと私は思っていました。
しかし、前の会社は残業を申請し難い体質であったことに対し、
ユニケミーは残業をしっかりと申請できるから、
結果的には収入が上がったそうです。

その他にも、ユニケミーで最も重要な書類である分析依頼書は
前の会社に比べたらかなり良い方で、不足した情報は上司や営業などに
問い合わせれば分かるだけでも相当な幸せなんだそうです。
(だから依頼書を改善又は変化させなくてもいいということではありませんよ)

私やH専務から見たら、まだまだ改善の余地が山ほどあると思っている
分析依頼書ですが、一方ではHさんのように、幸せを感じている人もいるんですね。

いろいろな視点がありますね~。

最後は、この依頼書の話から
「納期は誰が決めるの?」というテーマに話題がシフトしていきました。

この中では、先日の会社説明会で学生さん向けに発表した
「多機能工」の話も私から説明させて頂きました。

だんだんとオフサイトらしくなってきましたね。
そろそろ自己紹介から、本格的な「何か」にシフトしていくんでしょうか・・・?
ワクワク・ドキドキしますね。

Hさん、勇気を持って参加して頂きありがとうございました。
採用時のラボツアーで、いつも熱心に部署紹介と業務説明するHさんに
感心しています。
自分では冷めていると語っていましたが、部署紹介で熱弁するHさんは
誰よりも熱いですよ。

これから、誰にも負けない技術やスキルを身につけて、
多くのお客様にファンができることを期待しています。
その熱さなら大丈夫です。

私も、Hさんがユニケミーファンとなって頂けるように、もっともっと成長しますね。
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Comment
「自分のことは、自分で決めよう」そうですよね、他ならぬ自分のことですから・・・
今日、小学生の子供の授業参観に行って参りました。
七夕の短冊に書いてあったお願い事、「お医者さんになれますように」。
更に具体的に、外科医、整形外科医、小児科医・・・驚きました。
正直、可愛らしさのない短冊でした。
医者志望が、家業の方以上に、圧倒的に多かったです。
こんな世の中だからでしょうか、将来が不安なのでしょうか、親御さんの影響?でしょうか。
みんなの夢が叶ったら、我が子は、病院に困らないでしょうね。(笑)
ちなみに、我が子も「お医者さんになりたいです」と書いてありました。
本気なら、お家騒動です。
Re: タイトルなし
通りすがりのKYさん

私も小学生の頃、お医者さんになりたいと思っていました。
お子さんと同じですね。
私もすっかり現代っ子です。

その頃、私の両親にも「医者になりたい」と言っていました。
両親は医者になるのなら、金儲けは一切考えず人の為に働けと
口癖のように言っていたことを覚えています。

旅客機と出会ってからは、「旅客機の整備士」でしたが・・・

結果的には、ユニケミーで働いています。
It's My Life ですね。
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プロフィール

ji-hama

Author:ji-hama
理化学技術者集団ユニケミーで働くジーハマです。20年以上続けているバドミントンを通じて、チームワークの素晴らしさを学び、人と人との繋がり大切にしています。「人」を中心に経営し、自ら考えてチームワークで実行できる組織づくりに日々奮闘しています。

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